2009年12月11日

城山探検で遭難騒ぎ?


小学校高学年の頃、自由研究で城山へ登ってみようという企画が持ち上がった。
私の田舎には、城跡と呼ばれる山が点在していた。 「城」 と言っても、きっとお屋敷に毛の生えたくらいのシロモノだったに違いない。 小さな集落に、お殿さまがたくさんいるというのは想像できないし。
とにかく、近くの手ごろな城山を探検することになった。 

クラス内の2つの班での合同企画 (私の通っていた小学校は、各学年1クラスずつしかなかった!)で、総勢10人ほどで探検は決行された。
山のふもとに日曜の朝10時頃集合して、登山道をわいわいと登って行った。 山はさほど高くないので楽な登山だが、人がほとんど足を踏み入れていないため、枝や草が生い茂って行く手を阻んだ。 3、40分は歩いただろうか? 小さな祠 (ほこら) が見えた。 他に、石垣などが残るわけでもなく、ただ小さな祠が目印のようにちんまり残っているだけだった。 周りの景色も木々に遮られて見えないし、特にすることもないため、到着するとすぐに帰ることになった。

帰りもみんな、同じ道を行くつもりだった。 しかし、Oくんが、違う道で帰りたいと言い出した。 みんなは、「またか」 といくぶんあきれた表情だ。 Oくんはいつもそういう調子だったからだ。 私もみんなと来た道を帰るつもりだったが、ふとOくんの後をついて行きたい衝動にかられた。 別に気があったとかそういうことではない。 魔がさしたのだ。
「私もあっちから帰ってみる」 と、すでに歩き出していたOくんの後を追った。
Oくんは、私が追って来ているのに気付いていない様子。 声をかけようかと思ったが、なんだか恥ずかしくて黙って歩いた。 枝が顔にぴしぴし当たる。 枝をよけるのに気を取られていたら、ふっと、Oくんの姿が見えなくなった。 道は、二手に分かれている。 どちらに進んだのかわからない。
「おーい!」 呼んでみるが返事はない。 鳥の声さえ聞こえない。 山はうっそうとしている。 怖い・・・。 引き返して、みんなのところへ戻ろうか? でもずいぶん来てしまった。 戻るに戻れない・・・。
半泣きになりながら、自分の勘を頼りに突き進むと、道が途切れてその下は崖になっていた。 Oくんがこんなところを降りたとは思えないが、とにかく下へ、下へとひたすら進むしかないのだ。 意を決して、その崖を下った。 転げ落ちるように、下った。
ボロボロになりながら、ようやくふもとへ辿り着いた。 登山口からは数十メートル離れていた。 スタート地点でみんなが待っていてくれると思ったのに、行ってみると誰もいない! 山へ向かって呼びかけてみるが、何も聞こえない。 みんな薄情だ。 ひとりくらい待っててくれてもいいじゃないか・・・と、とぼとぼと家路についたのだった。 擦り傷だらけの手足をさすると、涙がにじんできた。

さて、家へ帰ってお昼ごはんを食べてごろごろしていると、玄関先で何やら私を呼ぶ声がする。
出て行ってみると、登山メンバーのうちの2人が立っていた。 私の顔を見るなり、
「やっぱりな〜。 ・・・もうっ! なんで、先に帰ったりしたん!?」
と怒り出した。

事の顛末はこうだ。
みんなが登山口まで戻ってくると、Oくんがひとりで待っていたらしい。 私がついて行ったことを伝えると、知らないと言う。 「えらいこっちゃ、迷子になっている!」 と大騒ぎになって、数人をその場に残してまた山へ探しに戻ったらしい。 いくら探してもいないので、もしや先に帰ったのでは・・・と、半信半疑で家を訪ねたのだった。
どうやら私はパニックのあまり、超人的な速さで山を下ったのだ。 そして、みんなが大騒ぎをしている最中に、のんびりとごはんまで食べていたのだ。
みんな、次の日まで口をきいてくれなかったのは言うまでもない。

・・・春まだ浅い、城山での出来事である。
posted by 花ねこ at 15:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月27日

京阪電車がええねん


京阪沿線に住んでいる。 だからというわけではないが、「京阪電車」 が好きだ。 大阪の市内に向かうに従って、沿線の街並みはごちゃごちゃしているし、あちこちにまだまだ古〜い駅もある。 阪急沿線に比べて高級感はないかもしれないが、京阪の方が全体に駅のトーンは明るいし、気取っていないのもいい。

京阪電車との出会いは、20有余年をさかのぼる。 私がまだ ”初々しい学生”(これは余計だが) だった頃、住んでいた大阪 (近鉄沿線) から 「葵祭」 を観に京都へ行くことになり、初めて京阪電車に乗ったのだ。 京橋から特急に乗って三条を目指したのだが、何が驚いたって、その電車は 「テレビカー」 だったのである。 車内の端っこ、見上げる位置にテレビが鎮座しているのだ。 田舎ものの私は 「ううむ。 やっぱり都会は違うな」 などと感動した。 しかし、場所によっては電波が入りにくいのか、しょっちゅう画像が乱れる。 NHKの朝の連ドラが放送されていたが、内容はほとんどわからなかった・・・ (京阪の名誉のために付け加えるが、その後受像状態は格段に良くなったと聞いている。 廃止されるのは、残念だ)。
「葵祭」 へは確か三条で下車し、そこからてくてくと歩いて行ったように記憶している。 当時、三条駅はまだ地上にあって、「鴨東線」 も開業していなかった。

次の思い出は、学生生活最後の年。 京都でバイトをすることになり、今度は急行で三条へ出掛けて行った。 
穏やかな春の日で、眠気をこらえながら車窓を眺めていたのだが 「淀」 〜 「中書島」 間の景色には圧倒された。 電車は河川敷を通るのだが、あたり一面、菜の花なのだ。 それはそれはきれいな眺めだった。
帰りも車窓に張り付いて見ていたのだが、今度は夕暮れ時のかすみがかかった景色に心奪われた。 遠くのガソリンスタンドや、街灯の光がオレンジ色ににじんでいる。 私の心に、中森明菜の 『APRIL STARS』 という曲がふいに浮かんだ。 吉田美奈子が作ったその曲がずっと好きだったのだが、今 車窓から目にしている眺めは、まさにイメージどおりの風景だったのだ。 私は、このときから京阪電車を好きになったのかもしれない。

卒業後、図らずも京阪沿線に職を得て、これまた図らずも京阪沿線に住んでいた夫と一緒になり、京阪電車が生活になくてはならない存在になっている。 思い出もたくさんできた。
「中之島線」 が出来て車両もきれいになり、「四条」 が 「祇園四条」 に変わっても、どこかいまいちあか抜けない京阪電車。 でもでも、このまま突き進んで行って欲しいと、いちファンは願うのだ。

 『笑う鉄道』


BITTER AND SWEET AKINA NAKAMORI 8TH ALBUM(紙ジャケット仕様)
BITTER AND SWEET AKINA NAKAMORI 8TH ALBUM(紙ジャケット仕様)
posted by 花ねこ at 15:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月24日

橋田壽賀子にはなれなかったよ


小学3年生の頃、絵本 『スーホの白い馬』 を人形劇で演じることになった。 国語の授業の一環だったかと思う。
人形劇と言っても、画用紙に人形の表側と裏側をそれぞれ描いて切り抜き、その絵の間に持ち手の割り箸を挟んで貼り合わせたような、簡単なものだ。

クラスで役割分担を決めることになった。 人前で何かするのが全くダメな私は、裏方を希望した (極度のアガリ症なのだ)。 人形を作ったり、背景のハリボテを作ったりするのにも心惹かれたのだが、「脚本」 という何やら知的なにおいのする役がやってみたくなった。 私を含め、3人が脚本を担当することに決まった。
さて、いざ脚本を書くぞ・・・ということになったのだが、誰一人としてどんなふうに書けばいいのかわからない。 みんな、とりあえず劇にして演じられるように本を書き直す作業なのだろう・・・くらいの認識だったのだ。 まずは原作の絵本を読んでみる。 しかし何度読んでも、「このままで ええんとちゃうの?」 という気がする。 セリフの部分はそのままで、あとはナレーションで済ませようという魂胆だ。
先生の指導があったかどうなのか、そのままの ”まる写し” ではいくらなんでもまずい (「脚本」という役割の意味がない) ので、少しセリフを増やしてみた。 スーホの馬には名前がなかったので、「普通、自分の馬に名前くらいつけるやろ」 と、名前もみんなで考えることにした。
ひねり出した名前は 「ホワイトホース」。 いくら白い馬だからって、これはあんまりだ。 しかも主人公がスーホときてる。 ダジャレか?? ましてや、舞台はモンゴルなのに・・・。

そんなこんなで、なんとか脚本としてまとめ上げ、無事、人形劇は上演された (と思う。 実は全く覚えていないのだ)。
ただひとつ確かなのは、3人とも脚本家にはならなかったということだ。


posted by 花ねこ at 19:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月20日

あの頃、私は か弱かった


昨日に引き続き、小学校高学年の頃のことを思い出したので、もうひとつ。

私は小学生の頃、よく貧血を起こして倒れた。
全校集会のとき、合唱の練習中、体育の授業後・・・などなど、バッタバタ倒れていた。
気持ち悪いな、まずいな、でも列を離れるのは恥ずかしいな・・・と真っ青 (土気色と言うほうがピッタリか?) な顔に冷や汗をたらして迷っていると、くる。 目の前が急に真っ暗になって、吐き気も何もかもがすっと消える。 あぁ、楽になった、と思った瞬間 もう倒れているのだ。

きれぎれの意識の中で、周りのどよめきをどこか遠くに聞いていると、誰かがすっと抱き上げてくれる (ような気がする)。 次に意識が戻るのは、保健室のベッドの上。 気がついて初めに目にするのは、しみだらけの天井だ。
情けない、悲しい気持ちの反面、もう立っていなくてもいいのだと、ほっとするのだった。

私を保健室に運んでくれたのは、いつも同じ先生だったらしい。 仮に、A先生とする。 担任の先生は腰痛持ちだったため、頑丈そうなA先生の役割になっていたのだろうか?
A先生のルックスは、どうにも悪代官っぽい。 当時流行っていた刑事ドラマに出てくる、悪役のようなタイプ (色つきのごっついメガネをかけている) だ。 そのせいなのか、どうなのか、生徒にはあまり人気がなかったように思う。

私には運んでもらっている間の記憶がほとんどないので、A先生に対して特別感謝の気持ちも好意もなかったが (スミマセン・・・)、それでも、みんなと一緒になって悪口を言うのはどうにもはばかられた。 悪口にも 「ふ〜ん、そうかなぁ・・・」 などとお茶を濁していた。 子ども心に、多少なりとも恩義は感じていたのだろう。

そのA先生が、同僚のきれいな先生と結婚したときは、なぜだかとても嬉しかった。 「どうだ!!」 と、みんなに言って回りたいほどだった。 何が 「どうだ!!」、なのかはわからないが、誇らしいような気持ちでいっぱいだったのだ。

中学生になると、貧血を起こすことはほとんどなくなった。 たまに起こしても、倒れる前にこっそりと列を離れたり、その場にしゃがみ込んだりできるようになった。 倒れるのとしゃがむのと、どっちが恥ずかしいか、どっちが迷惑をかけずに済むのか、判断できるようになったのだ。 やっと。
・・・あらためて、A先生には迷惑かけてしまったなぁ。 お礼も言わずじまいで、ほんとにごめんなさい・・・。

タグ:貧血 保健室
posted by 花ねこ at 15:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月19日

なんでもノートと交換日記


小学校5年の頃だったと思うが、「なんでもノート」という宿題のような、先生との交換日記のようなそんなノートがあった。
思ったことや発見したこと、詩でもイラストでも、本当になんでもいいから毎日書くのである。 書いたことに対して、先生が返事や感想や、ときには丸印を赤ペンで書いて返してくれる。 また、ノートを提出すると自分の班にポイントがつく。 何かと班ごとに競争していたので、書かないわけにはいかないのだ。

「××の観察」 というお題はよくやった。 私はありんこの行列なんかをじっと観るのが好きだったから、虫を観察しては事細かに書いた。 異色なところでは、ゴキブリについても書いている。 夜中に起きたとき、ゴキブリがなぜか石鹸をかじっていたのだ。 かなりびびったが、いいネタができたと思い直して、じっくりと観察した。 今なら、絶対にあり得ない行為だ。

漫画もよく描いた。 ネタに詰まると、漫画でごまかした。
当時の女子は、みんな漫画が描けた。”漫画” と言うより ”落書き” と言ったほうがよいかもしれないが、女子のたしなみ、と言わんばかりにみんながみんな描いていた。
その頃 『キノコ キノコ』 という少女漫画があったように記憶しているが、それをパクったキャラクターも誕生させた。 キノコとも、てるてる坊主とも、当時話題になっていた ”ツチノコ” ともつかないシロモノであった。 かなりブキミなキャラクターだったに違いない。

当時、交換日記が流行っていて、女子どうしで盛んにやっていた (もちろん、漫画がてんこもりだった)。 ところがなぜかある日、私のことを 「2番目に好き」 と言い放った男子とも始めることになった。
放課後、カレが1番目に好きな女子と日記を交換し、その後で私と交換する。 毎回、2番目である。
釈然としない私は 「なんでもノート」 に、渡辺真知子の 『ブルー』 という曲の歌詞を書き写し、「私はこの気持ちがわかる!」 と添えた。 『ブルー』 は、別れた元カノのことが忘れられないカレシの気持ちに気付いていても、別れを切り出せない・・・そんな女心を歌った曲だ。 切ないのだ。
先生の感想は 「本当に? すごいなぁ」。 ・・・返事の書きようがなかったのだろう。

その後、奇妙な三角関係は自然消滅。 交換日記も、何を書いていたのか、どこへいったのか、全く覚えていない。 ヘンなキノコのキャラクターが描かれていなかったことを願うばかりだ。
posted by 花ねこ at 14:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。