2010年01月07日

恐るべし! 猫の体温


寒い夜は、猫の添い寝が有り難い。

夜中、リビングにひと気がなくなり 気温もぐっと下がってくると、うちの猫 (ちびたん) は私たちが眠っている2階の寝室へと移動する。
枕もとにやってきて、”ちょい、ちょい” と、手で布団をひき寄せるしぐさをする。 「中に入れてくれ」 という合図だ。
肩口の布団をめくって中に入れてやると、ぐるっと半回転して、私の腕を枕にして 落ち着く。

ちびたんの背中は冷え切っていて、最初は冷たい。 でも、しばらくすると とんでもなく暖かくなってくる。
異常な寒がりのため、それまで毛布を首に巻きつけるようにして眠っていたのが、肩口をはだけても全然平気になるのだ。 ちびたんと密着して眠っているうちに、うっすらと汗までにじんでくる。
あったかいし、やわらかくて気持ちいいし、私にとっては至福のときなのだ。

さて、今朝がたは何とも嫌な夢を見た。
わが家 (実際の家とは全く違う場所だったが) の周りで火事が起こったのだ。
初めは遠くに赤い炎が見えている程度だったのが、どんどんその火がこちらにせまってくる。 みるみるうちに、家の周りを炎が取り囲んだ。 ガラス窓を通して、熱気が伝わってくる。
熱い!
逃げなくちゃ!!
外に飛び出したところで、目が覚めた。

私はちびたんをしっかりと抱きかかえたまま、額やら首やら背中やら、ダラダラに汗をかいて、汗まみれになっていた。

猫の体温、恐るべしである。

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2009年11月30日

猫はお餅のように


猫はやわらかい。
こんなにやわらかくて温かくて、優しい生き物はほかにないんじゃないかと思う。

心が穏やかでまんまるのときは丸い形に、とがってギザギザに変形したときはギザギザな形に、ペシャンコになって隙間がほとんどないようなときでもその隙間に、するっと、とろ〜んと、猫は流れ込んでくる。 いつもいつも、私の心に寄り添ってくれる。

猫の背骨も、脚の関節も、とてもやわらかい。 持ち上げたりだっこしたりすると、つきたてほやほやのお餅のように、スライムのように、やわやわだ。 だから変幻自在に、合わせることができるのだろうか。 そのときそのときの、心の形に。

父がその祖母から聞いた話では、「前世で徳をつんだ人が、猫になれる」 のだそうだ。 寝て遊んでばかりいられる猫を羨ましがる父を戒めるための言葉だったかもしれないが、なんだかうなずける。
どこか、世の中を達観しているような風情があるからだ。
猫が人の気持ちを解っているように、すべてを見抜いているように感じてしまうのは、そのせいだろうか。

今日も猫はそばにいる。 そっと心に寄り添っている。

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2009年11月25日

猫だって生き物である


朝日新聞の日曜日のコラムに 『重松清さんと読む 「百年読書会」』 というのがある。 月ごとに名作を読んで、みんなで感想を投稿して語り合う (ぶつけ合う?) というコーナーだ。 これまで、太宰治の 『斜陽』 、向田邦子の 『あ・うん』 、松本清張の『砂の器』 などなど、なるほどという名作が取り上げられてきた。 毎回、「こんな感想もあるのか」、「それは気付かんかったなぁ」 と考えさせられることが多く、楽しみにしているのである。

11月は、内田百閧フ『ノラや』。 そう知ったとき、私は心の中で 「あっちゃー」 とつぶやいていた。 送られてくるであろう感想の想像がついてしまったからだ。 そしてそれは実際、当たっていた。 多いのだ。 猫嫌いからの反発の声が。
「猫が嫌いだから読みたくなかった」 とか 「猫に執着する気持ちが理解できない」 とか、そんな意見が多数寄せられたようだ。 なかでも私が 「やっぱりなぁ」 と思ったのが 「これが犬ならよかったのに」 というような感想である。 

犬は好きだけど猫は嫌い・・・という人はわりと多い。 私はそれで何度か苦い思いをしている。
犬好きな人と、ペット話 (うちは猫) で盛り上がったと思っていたら、後日その人が 「猫を可愛いと思ったことは一度もない。 猫は嫌いだ」 と話しているのを聞いてしまった (というより、聞こえるように話していたんだなー・・・) ことがあった。
また、「そもそも猫って、人になつくわけ?」 などどいう愚問を投げかけた、自称犬好きの人もいた。

逆の場合 (猫好きが、犬を毛嫌いするというような話) はあまり聞かない。 犬派の人口が猫派の人口より圧倒的に多いから、比率としては同じでも猫批判を多く耳にするだけかもしれないのだが。
私は、犬も好きである。 他にも可愛いと思う動物はたくさんいる。 『クイール』 にだって 『クヌート』 にだって感動できる。 「これが猫だったらよかったのに」 などとは思わない。

「猫を好きになって」 とは言わないが、猫だって愛すべき生き物のひとつなんだということは、わかって欲しいのだ。

百關謳カ、思わぬところに波紋が広がっちゃいましたよ〜 (笑)!


posted by 花ねこ at 14:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

猫を噛む?

うちの猫・ちびたんは、寂しがりやである。
私が本を読んだりパソコンの画面に意識を集中させていたりすると、いつの間にか横に座っていたりする。 横にいるだけならいいが、たまに私の肘やかかとのあたりを噛んでくる。  ”かっ・・・ぷ〜〜っ” と。 本当にゆっくりとした噛み方なので、”かっ・・・ぷ〜〜っ” なのである。
最初は、噛んでいるかいないかわからないほどの強さで、そのうち少しずつ力がこもってくる。 少々、痛いときもある。

なんでこんな噛み方をするのか? きっと愛情表現に違いない・・・そう考えた私は、噛んでみることにした。 もちろん、ちびたんを!

ちょっと遠慮して、耳のあたりをかる〜く噛んでみた。 ちびたんは、嫌がらない。 それじゃ、次は首のあたり。 やっぱり平気そうに、じっと噛まれたままになっている。 そのうち甘噛みのはずが、なんだか切ないような愛おしいような気持ちが高まって、ほんの少し力がこもってしまった。 
ちびたんは、のどを鳴らしている。

猫は (ひょっとすると、他の動物も?)、こうやって愛情を表現するんだろうな。 ちびたんにしたら、お母さん猫に毛づくろいしてもらっているような安心感なんだろう。 私は人間だけど、きっとDNAには昔むかし動物だったころの記憶が残っていて、噛んでいるうちにそんな感覚が呼び覚まされたのでは?
もしかすると人間のキスだって、そうかもしれない。 たとえば鳥がヒナに口移しで餌を与えていた、そういう感覚の名残なのかも。

”かっ・・・ぷ〜〜っ” とちびたんにやられたときは、完全に甘えたいモードに入っているとき。 できるだけかまってあげよう、と思うのだ。

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かまって!

タグ: ネコ ねこ
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2009年11月11日

猫のまつ毛の不思議

猫のまつ毛って、あるんです。
普段は他の毛と混ざっているため、目の端に生えているのがきっと 「まつ毛」 だろうと思うくらいのものですが。 人間と同じように、ちゃんとまつ毛として存在しているのです。

うちのちびたんはとっても甘えんぼさんで、甘えたいときなんかに 切な〜い、情けな〜い表情をよく見せるのですが、そんなときは必ずまつ毛が現れます。 まぶたに線を引いたように、他の毛とはくっきりと分かれるのです。
そうすると、切ない表情はなお一層 切なさを増して、なんとも言えずいじらしい・・・。

やっぱり、まつ毛の効果って大きいなぁ。 私もいっちょ、ビューラーでくるんくるんにしてみるか、などと思ったりするのです。
・・・まぁ、めんどくさくなって結局しないんですけどねー。

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こんな表情をされちゃうと、なんでも言うことをきいてあげたくなるのです 黒ハート
タグ: まつ毛
posted by 花ねこ at 22:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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